山本 博司やまもと ひろし
高知医科大学名誉教授
略 歴
| 昭和37年 | 徳島大学医学部卒業 |
| 昭和56年 | 高知医科大学整形外科学講座教授 |
| 平成8年 | アジア太平洋脊椎外科学会理事長 |
| 平成12年 | 高知医科大学医学科長 |
| 平成13年 | 社団法人日本整形外科学会理事長 |
| 平成15年 | 高知医科大学名誉教授 |
| 平成23年 | 財団法人運動器の10年・日本協会理事長 |
受賞歴
| 平成21年 | 中富健康科学振興賞 |
| 平成23年 | 公益法人日本整形外科学会学会賞 |
| 平成29年 | 瑞宝中綬賞 |
瑞宝中綬章を授与されて
平成29年11月に教育研究に対する功労として瑞宝中綬章が授与されるとの文部科学省からの通知を受け、叙勲勲章伝達式に出席させて頂きました。勲記には「日本国天皇は山本博司に瑞寶中綬章を授与する 皇居において璽をおさせる」と書かれていました。伝達式後に家内と共に皇居に赴き、皇居豊明殿において天皇陛下に拝謁する機会が与えられました。旭に輝きたなびく雲が壁に描かれた豊明殿で陛下がゆっくりと歩まれて来られてお元気そうな笑顔でお言葉を賜りました。「皆様おめでとうございます。長年に亘りそれぞれの分野で多くの人たちのためにご貢献され感謝いたしています。これからも健康に留意され健やかに過ごされ豊かな社会のために尽くしてください」との趣旨のお祝いと労りのお言葉を頂き、大変感激させられました。今回の叙勲に浴したのも多くの方々のお導きのお陰と深く感謝しています。
想い返せば、昭和37年に徳島大学医学部を8期生として卒業し昭和38年に大学院に入学し山田憲吾先生の下で整形外科学を学ばせて頂きました。昭和56年より恩師山田憲吾先生のお導きで高知医科大学整形外科学教室の初代教授の道を与えて頂きました。42歳の若輩には「零からの出発」であり辛苦を味わいながらも、徳島大学から共に赴任して来た貞廣哲郎助教授、谷俊一講師たちと共に「創意と情熱」を教室のモットーとして活力ある人材の育成と新しい研究の発信に努めてきました。その教室も36年の歴史を重ね、谷俊一第2代教授、更には高知医科大学出身で共に学んできた池内昌彦第3代教授に引き継がれ教室は前進を続けて頂いています。大学院卒業後の徳島大学と高知医科大学での36年間の国への奉職に加えて、社団法人日本整形外科学会において2期4年間にわたり理事長職を務めさせて頂き、整形外科医の教育・研究・診療の向上に努めさせて頂く機会に恵まれたことも幸いなことでした。アジア太平洋脊椎外科学会理事長として発展途上にあったアジア太平洋地域の脊椎外科医の育成に努めることが出来たことも良き思い出であります。80歳の齢を重ねてきていつまで天から命を授けられるか分かりませんが、陛下から賜ったお言葉のように健やかに人生を全うしたいと願っています。
